今から半世紀以上前、白洲次郎と鎌倉の文人らの夕食会に招かれた20代の芥川賞作家の石原慎太郎がその思い出を語ったエピソードが面白い。吉田茂首相の側近として憲法制定やサンフランシスコの講和会議にかかわった白洲次郎⬆が、英国留学時代の友人で後にイギリスの伯爵となったロビン氏が同席する中、「日本のウイスキーはまだまだ美味しくない」と切り出した。すると、戦後日本を代表した文芸評論家の小林秀雄が「いやいや近年、日本のウイスキーも高級品はうまくなったよ」と反論し、当時日本製で一番高級とされたウイスキーを2人に勧めたという。勧められて一口飲んだロビン氏は、白洲に向かって 「not quite(それほどでも…)」と答えた。これを聞いた白洲次郎はさも面白そうに小林秀雄に「ロビンは不味いって、言っているよ」と通訳したという。ウィスキーの発祥の地である英国の紳士が「それほどでも」と感想を述べた日本のウィスキーは、それから半世紀後の2001年、ウイスキーの世界的権威である、WWA(ワールド・ウイスキー・アワード)品評会で、ニッカウヰスキーが総合1位を、サントリーが2位を獲得した。国産ウイスキーの輸出金額は2020年度で約271億円に達し「ジャパニーズウイスキー」は今や、世界中で引っぱりダコなのだ。昔も今も製法も味も何一つ変わっていない国産のシングルモルトウィスキー。半世紀前、英国製ウィスキーこそが一番という偏見に満ちた白洲次郎氏やロビン氏の「味覚」はすでに過去のものとなったようだ(笑)