ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

村上宗隆PS初HR、ベンチに向かって叫んだ「汚い言葉」って?

ホワイトソックス村上宗隆選手(26)が、ガーディアンズとの地区シリーズ第1戦に「4番・一塁」で先発出場、4回に右越え先制2ランを放ち勝利に貢献した。PS(ポストシーズン)初のホームランを打った村上選手は、試合後のインタビューで、 「先制点がほしかったので、すごくうれしかった」と振り返り、「ホームランを打った後ダグアウトに向かって何か叫んでいましたね」⬆️と尋ねられると、「いやもう、汚い言葉でした(笑)」と笑顔で答え、何と叫んだかについては言葉を濁したが、メジャーリーグで感情が高ぶった選手が、思わず叫んでしまう「Fワード」を口にしたとみられている。選手たちがホームランを打った興奮でベンチの仲間を煽りながら叫ぶ定番のFワードは、Fuck yeah!(ざまあみろ!)やFucking go!(やったるぞ!)などだが、ここで使われるFワードつまりFUCK(性行為の意味)という言葉は、元の「性行為」の意味は完全に消え去っていて、「感情のボルテージ(高まり)」を表現する言葉として使われるものだ。日本語の「クソ=糞」の使い方に良く似ている。若者が使う「クソ美味い、クソ熱い」などと「汚い言葉」と分かっていながら使われる「強調語」で、メジャー選手が感情の「最大値」を表すために良く使うのがこの「FUCK」というワードなのだ。恐らくFucking go!(やったるぜ)とベンチに向かって叫んだと思われる村上選手、その勢いのままワールドシリーズまで勝ち進んで欲しいものだ。

 
 

ホッタイモ・イジルナは「今何時?」ジョン万次郎の英会話。

江戸時代、14歳の少年漁師が、嵐で船が難破して漂流、アメリカの捕鯨船に救助され船長の援助でアメリカのハイスクールで学び、帰国後は日米修好通商条約の批准書を交換する遣米使節団の1人として、「咸臨丸」に乗り再びアメリカに渡るなど、まさに幕末のシンデレラボーイとなったジョン万次郎⬆️。彼は、英語を覚えた際に耳で聞こえた発音をそのまま発音しており、現在の英語の「辞書」で教えている発音とは大きく異なっていた。例えば、万次郎が発音したホッタイモ・イジルナ。これは現代英語教育では、What time is it now?(今、何時ですか?)=「ワット・タイム・イズ・イット・ナウ」となるが、これではアメリカ人には通じない。この他、万次郎は「cool」は「コール」、「water」は「わた」、「Sunday」は「さんれい」、「New York」は「にゅうよう」と発音していたが、実際に万次郎のこの発音通りに話すと、多少早口の英語に聞こえるが、いわゆるネイティブ(アメリカ人風の)発音に近似しており十分意味が通じたのだという。しかし、万次郎は、貧しい漁師の家に生まれて、寺子屋に通う余裕がなかったため、日本語の読み書きや文法を身に付けることが出来ずに米国に渡ったため、口語の通訳としては有能だったが、文章化された英語を日本語に訳することが不得手だったという。そのため、西洋の体系的知識を日本に移入することが求められた「明治維新」以降は、英語の能力を発揮する機会に恵まれなかった。晩年にアメリカ時代の友人が訪ねてきたが、すでに英語が話せなくなっていたといわれている。

 

マックのキャラクター「ドナルド」最近見かけないのはナゼ?

日本マクドナルドの公式Xが、同社キャラクター「ドナルド」(⬆️左)を世界共通の正式名称「ロナルド・マクドナルド(Ronald McDonald)」に変更すると発表した。1971年にマクドナルドが日本へ初上陸した際、『ロナルド』の発音が日本人には馴染みにくく言いにくい」ことから、日本国内向けだけに 「ドナルド」 というネーミングに変更されていたからだ。ところで、ピエロのロナルドを最近めっきり店頭で見かけなくなったのはなぜなのかご存知だろうか?米国では、顔を白塗りにし、口元に大きな笑い顔を描いたピエロ(ロナルド)は、「笑顔のメイク」の裏にある本当の感情や表情が見えないことから人々に本能的な警戒心や不気味さを抱かせるからだと言うのだ。確かに、1980年代以降、米国ではポップカルチャーにおいて恐怖の象徴としてピエロが度々登場してきている。世界的にヒットした 映画 『IT/イット』に登場する殺人ピエロ「ペニーワイズ」や心理的な恐怖や狂気を描いて記録的な大ヒットをした映画「ジョーカー」(⬆️右)などによってピエロのイメージが「愉快な道化師」から「不気味なモンスター」へと完全にシフトしてしまった。こうした社会の風潮を受けて米マクドナルド社は2016年に「ピエロに対する不安や感情に配慮する」として、ロナルドの露出を自粛・制限するという公式発表を行い、ロナルドを見かけなくなってしまったのだ。

 

 

 

総理大臣・都知事・連合会長・東大総長、女ばっかじゃねーか。

東京大学は、来年3月末で任期満了となる藤井輝夫総長の後任に、大学院総合文化研究科の藤垣裕子教授(64)を選出したと発表した。第32代にして初の女性東大総長が誕生する。日本の最高学府における「史上初の女性トップ」の誕生という歴史的ニュースが、ネット上で思わぬ大きな波紋を呼び、騒然となっている。SNS投稿サイトXに、「総理大臣・都知事・連合会長・東大総長⬆️、女ばっかじゃねーか」というスレッドが立った。これに対するリプライ、「はえー🥺」「日本は世界117位のジェンダーギャップ(男女の格差)指数の国とか、どうなん?」「もう、女国家やん」「没落の前兆やんけwww」「次、最高裁長官と経団連会長どっちが先か」「女供「女性は差別されてます」⬅️何にでもなれるやないかい!」「愛子天皇来そうだなこれ」「そして国は滅びた」「弱者男性の嫉妬でしょ?なよなよした男が増えすぎた結果だよ」「男がやって30年この国は停滞しとったんや、こういうのもアリやろ」「女が権力を持った国は衰退する」「国が滅ぶ前兆。ヨーロッパも女リーダーが台頭して滅びた」「有能なら歓迎だけど、感情任せの無能だとこうなると女総理が示しているけど?」「そういえば日本の大手テレビ局や新聞、出版社で女性トップって一人もいないね」。女性リーダーの台頭、あなたはどう思いますか?





 

歌詞の無い「北の国から」主題歌、倉本聰さんナゼ認めた。

先日、91歳で死去した脚本家倉本聰さんのTVドラマ代表作品「北の国から」の主題歌は、歌詞と呼べる言葉を用いずに、「アーアー」とハミングだけの美しいインストゥルメンタル(器楽だけで構成された楽曲)で北海道の雄大な大自然を表現した曲として日本人の誰もが知っている名曲となった。この主題歌の作詞・作曲・歌唱を手がけたのはシンガーソングライターのさだ・まさしさん。倉本聰さんからドラマのビデオを見せられ、いきなり「今、曲を付けろ」と即興での作曲を求められ、目の前の圧倒的な北海道の「映像」を前に言葉が出ず、思わず口をついて出た「あーあー」というメロディをスキャットすると倉本さんが「いいね」と絶賛、わずか10分ほどで主題歌が完成したという。:正式なレコーディングでも歌詞は作られず、全編が「あ」と「ん」のハミングだけで構成された極めてユニークな主題歌は、作曲から40年以上が経った今でも「あーあー」というイントロが流れただけで誰もが「富良野の景色」を思い浮かべる名曲になったのだ。脚本家倉本聰さんがドラマ表現において最もこだわっていたのが、言葉をあえて排除する「沈黙」の演出だった。主題歌でも、あえて歌詞を失くすことで「しんしんと降る雪の気配」や「川のせせらぎ」「木々がこすれ合う音」が浮かび上がって来ると考え、さだまさしさんが即興で創った歌詞なしの主題歌を「いいね」と一瞬で受け入れたというわけだ。

 

北の国で人間の「野生」を取り戻した倉本聰さん、大往生。

大ヒットTVドラマ「北の国から」をはじめ数々の名作ドラマを世に送り出してきた脚本家・倉本聰さんが91歳で逝去した⬆️。倉本さんは1974年39歳の時、NHK大河ドラマ『勝海舟』の脚本を執筆中に制作陣との意見の対立から執筆を途中で降板したことをキッカケに北海道へと移住した。倉本さんは移住した当時、「都会ではアタマ(知識)で生きていたが自然の中では知識など何の役にも立たない、薪を割り、自然の猛威と対峙しながら、自分の身体のエネルギーと「知恵」を使って生きる生々しさを取り戻したかった」と語り、この実体験が、そのまま大ヒットTVドラマ『北の国から』の主人公「黒板五郎」の生き方に表現されることになったのだ。「自然がくれた材料を、知恵を絞って形にする。それが人間の本来の生き方だ」という黒板五郎の泥臭い生き方は多くの視聴者の心を打ち20年間にわたってテレビで高視聴率を続け、「北の国から」は最高視聴率38.4%を記録した。ドラマ終了の後、倉本さんは、「文明が進めば進むほど、人間は退化していく。私は『北の国から』で、もう一度人間の『野生』を取り戻したかった」と語っている。厳しい北海道の大自然の中で、人間本来の「野生」を取り戻し91歳まで長生きした倉本聰さん、「大往生」と言えるその人生に喝采を送りたい。

海外旅行に行きたくないZ世代91.5%、その理由は?

若者リサーチサイト『SHIBUYA109 lab.』が、15~24歳のZ世代の410名(男性:203 名、女性:207 名、高校生:202 名/大学生・短大・専門学校生:208名〕を対象に、「Z世代の海外に関する意識調査」を行った。海外旅行に「既に行った」「旅行の予定がある」と回答したのは全体のわづか8.6%、いまだ海外旅行に「行く予定はない」「行きたくない」と回答したZ世代は91.5%だった。この調査結果についてのSNS上での反応、「単に日本人が貧困化して海外に旅行できなくなっただけ、日本人が豊かだった1980年代とか1990年代は東南アジアに幼女買いに行ったり、東南アジアでバックパッカー生活して麻薬やってたり、ハワイ行ったり、ヨーロッパ行ってブランド物買い漁って今の中国人みたいにヒンシュク買ったりしてたからな、今の日本人が相対的には1970年代よりも貧しくなってるからだと思うよ 」「何が問題なの?外国など知る必要はない」「日本より治安が良い所ってどこなの?あんまり無いでしょ、だから海外に行く必要無いわ」「ネットが出来てからは海外行く必要ないだろ、海外の情報ならいくらでもスマホで収集出来るし」「平成キッズはかわいそうよな、昭和の時代は、ふつうの日本人なら年に2回くらい海外旅行行ってたのにな🥺」「ネットで情報が伝わり海外の酷さが目立つ、一般の日本人が数十万の大金使ってまで行く価値は無いわな」。