
第二次大戦で敗戦したドイツは、首都であったベルリンが社会主義国である東ドイツの首都となり、。資本主義圏である西ドイツのベルリンは、東ドイツ領内に取り残され陸の孤島となった。「ベルリンの壁」は、東西ベルリン間の住民の移動を遮断するため、1961年に東ドイツによって東西ベルリンの境界線上に築かれた。その壁が築かれて26年後の1987年6月6日、イギリスのロック・ミュージシャン、デヴィッド・ボウイが、ベルリンの壁の西ベルリン側でコンサートを開催した。コンサートで、ボウイは観衆にドイツ語で「今夜はみんなで幸せを祈ろう。壁の向こう側にいる友人たちのために」と呼びかけた。このとき会場に設置されたスピーカーのうち4分の1は、東ベルリンに向けられていた。壁の向こう側には、コンサート前から若者たちが集まり、その数は5000人にもふくれあがった。終演後も群集はなかなか立ち去らず、東ドイツ当局による逮捕者も出た。そして、コンサートを通じて西側の「自由」を知った若者たちが、この2年後、1989年11月にベルリンの壁を崩壊させ、東西ドイツの分断国家が終わったのだ。 ベルリンの壁を壊す「きっかけ」を作ったロック歌手デビッド・ボウイ。2016年1月10日、その彼の訃報が流れると、ドイツ政府はドイツ外務省Twitter公式アカウントに「グッド・バイ、デヴィッド・ボウイ。壁の崩壊に力を貸してくれて、ありがとう」というメッセージを送った。






