ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

広島原爆投下21日前、米国で被爆した13歳少女11名の画像。

広島原爆投下のわずか21日前の1945年7月16日の早朝、アメリカのニューメキシコ州ルイドソで世界初の「核実験」が行われた。実験場から約40マイル(64km)離れた風下にあったキャンプ場では爆発の瞬間、凄まじい衝撃によって寝ていた少女たちは2段ベッドから床へと投げ出された。引率の教師はどこかでボイラーが爆発したのではないかと慌てて少女たちを屋外へ避難させると巨大なキノコ雲が立ち上るのを目撃した。そして爆発から数時間後、真夏にもかかわらず、空から白い粉のようなものがひらひらと舞い降りてきた。何も知らない11人の少女たちは「夏なのに雪が降ってきた!」と喜び、水着に着替えて近くの川へと飛び出した⬆️。彼女たちは、空から降ってくる白い破片を手のひらで捕まえたり、お互いの顔や体に塗りたくって楽しそうに遊んだという。しかし、これは雪ではなく、原爆によって気化したプルトニウムや砂の混ざった強烈な放射能を帯びた「灰」だったのだ。この「核実験」は、広島・長崎への原爆投下の予備実験という「最高機密」だったため、アメリカ政府や軍は周辺住民に一切の警告をしないまま実験を行い、爆発後も「弾薬庫が爆発しただけで、死傷者はいない」というウソの説明を行い、避難勧告や健康上の注意喚起を一切行わなかった。その結果、キャンプ場で被爆した少女たちはその後、深刻な健康被害に次々と襲われ、30歳を迎える前に11人中10人がガンなどで亡くなったという。

 

殴ろうとした宮根誠司に「お前が好きや」と、やしきたかじん。

フリーアナウンサーの宮根誠司(63)がニッポン放送の番組に出演し、かつてアウトロー(無法者)のタレント&歌手として知られた「故・やしきたかじん」(⬆️右)についての恐怖のエピソードを語った。宮根氏は、「朝日放送入社2年目の時ですよ、24、25歳から、やしきたかじんさんとラジオをやっていたんです」。番組が終わるとたかじんさんと良くカラオケに行ったという。ある日、「たかじんさんとカラオケ行ったんです、個室の。で、たかじんさんが歌を歌ってらっしゃったんですよ。で、隣に知らん女の子が居て、僕に向かって人さし指を出して『ここ今日切ったの』って言ったんですよ。それで僕は『ふ~ん』って言ったら、それが聞こえたんですよ、たかじんさんに。そうしたら『おまえ、人が歌っている最中に何しゃべってんじゃ!』って言って、マイクぼーん投げて。僕ちゃうのに、ほいで殴られて『すいませんでした』って謝って、それでもまだ怒ってて『表、出い』ってなったんです。ちょっと待ってくれ、一発殴られて謝って『表、出い』はないやろ、って思ったんですよ。酔っぱらっているし体力的には僕の方が上だから、たかじんさんを殴り返して、この業界をやめてやろう」と思ってこぶし握り締めて、たかじんさんの後ろをついていった。で、「殴りかかろうと思ったら、『俺は、おまえのことが一番好きや』って言ったんですよ」と、たかじんからのまさかのひと言に仰天したという。宮根氏が会社を辞める覚悟で殴り返そうとしている「闘争心」を背中越しに感じ取ったやしきたかじん、彼のアウトロー(無法者)ぶりが、実はハッタリ(強がり)に過ぎなかったとわかる「エピソード」だと思いませんか。

 

2026年、自分を「俺」と言う男性「絶滅危惧種」に。

男性一人称の「俺」の存在感が揺らいでいるという。「博報堂生活総合研究所」が実施した調査によると、家族や友人の前で自分を「俺」と呼ぶ男性の割合は1994年に未婚者で86.0%、既婚者では65.4%と多数派だったのに、それから32年後の2026年の調査では、未婚者で42.5%、既婚者では46.7%と約半分程に落ち込んだ。男らしさを強調する「俺」が衰退する一方、一人称の言い方が「私」「僕」「自分」などに分散する傾向が見られた。専門家の分析によると、男性の一人称における「俺」の衰退は、単なる言葉の流行り廃りではなく、日本の社会構造やコミュニケーション意識の構造変化を色濃く反映したものだという。「俺」という言葉には、かつて「男らしさ」「自信」「強い自己主張」といったニュアンスが伴っていたが、現代社会においてはこれが時に「強圧的」「プライドが高そう」というネガティブな印象(威圧感)を与えかねないと、自称する言葉としては敬遠されるようになってきた。今回の調査結果で俺が「半数割れ」したのは、現代男性の「優しさ」や「心配り」の結果である一方、自己主張を抑え込んでしまう現代社会の空気感を象徴しているとも言える。誰に対しても失礼にならず、かつ親しみも保てる「自分」や、公私で統一しやすい「私」という1人称が当然な「現代社会」、あなたはどう思われますか?

 

高市首相、世襲制を認めるような「小泉総理」発言。

参議院予算委員会で、高市早苗総理大臣が答弁の最中、小泉進次郎防衛大臣を「小泉総理」と言い間違える場面があった。直後に高市総理が「総理はまだ早いですね」と笑いを交えて発言、緊迫した委員会室がドッと笑いに包まれた、というニュース。この発言で驚いたのは、高市総理が、将来的に小泉防衛大臣が父親である小泉純一郎元首相の跡を継いで「総理」になることを公に認める「世襲容認」発言をした点だ。一国を代表する「首相」の世襲、我が国では事実上の「慣習」として非常に高い割合で続いており、先進国の中では突出して多いとされている。1996年の小選挙区比例代表並立制の導入以降に誕生した歴代首相のうち、約7割が世襲なのだ。また、国会議員の世襲率を見てもアメリカやイギリスなど先進国は10%ていどに留まっているの に我が国は30%、アジアの国々タイやフィリピンの40%に次ぐ多さなのだ。「世襲」による首相は、 庶民の暮らしの困窮、地方の過疎化、労働環境の厳しさなどを肌で知る機会が少ない環境で育ったため、減税や福祉よりも政治上の個人的な「利権維持」を優先しがちだという。日本初の女性首相となった高市早苗首相、その彼女が我が国の悪弊である「首相の世襲」を国会の場で「予言」するとは、実に情けない話だと思いませんか。

タイガーJシンのアントニオ猪木「新宿襲撃事件」はヤラセ。

 

14年ぶりに来日した悪役プロレスラーのタイガー・ジェット・シン(82)⬆️が、国立代々木競技場体育館で行われたプロレス会場に、サーベルを手に登場、観客席へ乱入してサーベルを振り回し、男性観客の頭部を直撃し救急車で搬送される騒動を起こした。それで思いだしたのは、1973年11月5日、当時設立間もない新日本プロレスの社長兼看板レスラーのアントニオ猪木が、新宿のデパートで買い物を終えて外へ出たところ、1台のタクシーが停車し、中からタイガー・ジェット・シンが率いた外国人レスラーたちが突然現れ猪木に襲いかかった「アントニオ猪木新宿襲撃事件」だ。当時、シンは「インドの狂虎」と呼ばれ、設立まもないアントニオ猪木が率いる新日本プロレスでヒール役として猪木と戦う人気レスラーだった。襲われた猪木はタクシーのボンネットに叩きつけられ、ガードレールに押し付けられるなどして猛烈な暴行を受け、顔面から血を流す傷を負った。突然の出来事でマスコミはその場に居合わせていなかったが、後追いでスポーツ各紙が大々的に報じたことで、事件は一気に世間の注目を集めた。事件の直後、シンは「現行犯逮捕は免れたものの、警察から呼び出しを受ける」という、プロレスの興行としてはかつてないリアルな緊迫感が生み出された。この現場にマスコミがいなかったにもかかわらず、タイミングよく翌日の紙面を大々的に飾ったことで、この事件は、旗揚げ間もなくで経営難にあえいでいたアントニオ猪木の「新日本プロレス」を救うための「ヤラセ事件」だった、と言うのが、当時の世間の一般的な見方だった。

 

 

新選組「土方歳三」を冷血漢と誤解させた司馬遼太郎。

幕末期、新選組副長として局長・近藤勇の右腕として組織を支え、戊辰戦争の最後の戦場になった箱館五稜郭の防衛戦で戦死したラストサムライ土方歳三(⬆️右)。司馬遼太郎(⬆️左)の小説『燃えよ剣』の中で描いた土方歳三は、「新選組ブーム」を巻き起こした傑作とされる一方、司馬遼太郎が描いた土方歳三のイメージは歴史研究(史実)とは異なる「誤り」や「誇張」があると指摘されている。司馬遼太郎の小説では、冷徹で感情を見せず、隊規(局中法度)を破った隊士を容赦なく切腹させる「冷酷な組織統制の鬼」として土方を描いているが、新選組を縛った厳格な「局中法度(切腹のルール)」を、土方が一人で考案し、冷酷に執行したという事実はなく、「局中法度」という名称自体、のちに歴史小説家の子母澤寛が創作した可能性が高いとされ、初期の凄惨な粛清(芹沢鴨や新見錦の暗殺、山南敬助の切腹など)は、土方の独断ではなく、局長である近藤勇の強い意志や、会津藩の意向が大きく働いていたことが近年の研究で明らかになっている。さらに、農民出身の土方は実戦型の我流に近い剣術を使い、沖田総司などの天才剣士に比べると剣の腕前が劣っているような描写がされているが、土方は天然理心流の「中極意目録」を正式に取得しており、流派の正統な実力者であり、新選組の剣術師範(藤堂平助など)とも対等に渡り合える剣術の使い手だった。晩年の箱館戦争の際には、部下から「母親のように慕われた」という記録が複数残っており、土方歳三は根っからの冷血漢では無かった事が明らかにされている。

嘆くなオオタニ、ドジャースは「運が無さ過ぎた」だけ。

ナ・リーグ優勝決定シリーズで4連敗しワールドシリーズへ進出できなかったドジャース、チームの主力である大谷翔平選手は「本当に悔しい……今はそれだけ」と唇をかんだ。ドジャースが1勝も出来ずに負けたのは「運が無さ過ぎたからだ」とスポーツ専門メディア『Dubs Only Sports』はドジャースと対戦したブルワーズ両チームとの打撃内容を比較して見せている。レギュラーシーズンのHR数でドジャース204本ブルワーズ154本だったのがナ・リーグ優勝決定シリーズでは、ドジャースのHRは大谷のたった1本のみに対してブルワーズはHR7本、 さらにソフトコンタクト(打球速度95マイル未満)の安打数は、ドジャース3安打/打率.075、ブルワーズ16安打/打率.381)と大きな差がついた。このデータについて『Dubs Only Sports』は「ドジャースの方がより頻繁にボールを捉えている。ドジャースの方がより強い打球を放っている。にもかかわらず、ドジャースの得点・安打数はブルワーズの半分に過ぎない」と説明。「運が無さ過ぎた」と驚きをあらわにした。さらに、米データ分析サイト『Fangraphs』が、「運」の要素が強いとされるBABIP(インプレー打率)で、ナ・リーグ優勝決定シリーズでブルワーズが「.444」に対して、ドジャースはわずか「.227」。“運”による部分に大きな差が生じていたことを示唆する数値を明らかにした。勝利の女神から見放され「運」を味方に出来なかったドジャース、来年に期待しよう。