ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

バスケシューズ1足破損しただけで1200億円を失ったナイキ。

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NCAA(全米大学体育協会)のバスケの試合、強豪同士の対決となったデューク大対ノースカロライナ大の試合。全米大学屈指の好カードの主役選手であるデューク大のザイオン・ウィリアムソン選手が、試合開始直後に履いていたナイキ製シューズの右足内側のソールとアッパーの継ぎ目が大きく裂けて(上の写真)足を滑らせ膝を負傷してしまった。前代未聞のアクシデントに場内が騒然となる中、同選手は右足を引きずりながらコートを後にし、エースが不在となったデューク大チームは完敗してしまった。アメリカでの大学バスケットボールの人気は非常に高く、この日はオバマ前大統領も観戦していた上、ウィリアムソン選手は地区トップを走るデューク大学でプロ入りも確実視されるスター選手だったこともあって今回のナイキシューズの破損による負傷退場は全米のテレビや新聞で大きく報道された。この事件から一夜明けた翌日にはナイキの株価が一時最大1.7%減少。終値は1.1%マイナスの83.95ドルで、時価総額にして約11億ドル(約1216億6千万円)も減少してしまったのだ。アクシデントの直後にナイキ社は声明文を発表し、ウィリアムソン選手の早期回復を願うとともに「わが社の製品の質と性能は最も重要である」と述べたが、たった1足のシューズ破損でこれだけの株価の下落は前代未聞の出来事だろう。シューズが裂けた原因究明はこれからだろうがナイキにとってシューズ1足の破損を大々的に報じたマスコミによって足首を負傷した選手以上の「痛すぎる大損害」を被ってしまったというわけだ。

「エイズ治療薬」を発明したのにノーベル賞を貰えない満屋医師。

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死の病と恐れられたエイズが初めて報告されたのが1981年、感染すれば生命の危ない死の恐怖と戦いながらその4年後に世界で初めてのエイズ治療薬を発見したのはアメリカ国立衛生研究所の研究員だった35歳の日本人青年医師満屋裕明氏だ。しかし最初に発見したエイズ治療薬は満屋氏の実験に協力していたアメリカの製薬会社が満屋氏に無断で特許を取得してしまい1年間服用で120万円という高額で売り出してしまった。満屋氏はこれに憤慨して他の製薬会社に適正な価格で販売することを条件に第2・第3のエイズ治療薬を開発・提供してみせたのだ。エイズが100%「死の病」であったのが日本人医師満屋氏のエイズ治療薬発見以降、治療薬がどんどん進化して30年後の現在ではエイズ死亡率がほぼゼロにまでなっている。エイズウィルス発見者にはすでに与えられているノーベル賞を、感染の危険を冒しながら世界初の「エイズ治療薬を発見した」パイオニア満屋氏が、なぜノーベル賞を受賞できずにいるのか?特効薬発見当時は35歳だった満屋氏もすでに68歳で古希を迎える年齢だ。ノーベル賞委員会は、新薬に対してノーベル賞を授与した後にその薬による副作用が発見されるかもしれない「リスク」を恐れて新薬開発者への受賞をためらっているのだという。エイズの発見者より、その治療薬を最初に発明した満屋医師こそ「ノーベル賞に値する人物」だ、と同じ日本人として思いませんか。

大坂なおみはコーチ不在で負けた?いや相手にパワーを封じられたから。

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テニスの世界ランク1位の大坂なおみ選手が19日のドバイ選手権2回戦で同67位のクリスティナ・ムラデノビッチ選手に3-6、3-6でまさかのストレート負け。世界中のマスコミは大坂なおみが突然コーチを解任したせいだと騒ぎ立てているが、大金星を上げたムラデノビッチ選手は試合後「(なおみに)少しばかり力まかせなテニスをさせることができた」からとその勝利した理由を語っている。「デジャヴのような感覚でした。なぜなら、昨年と全く同じコートでの(なおみとの)試合だったから」昨年の同じこのドバイ大会の初戦で大坂にストレート負けを喫していたムラデノビッチ選手。「昨年のゲームと比べると、少しばかり彼女(なおみ)に力任せなテニスをさせることができた。テニスは間違いなく、統計、ウィナーの本数、アンフォーストエラーの数で決まるもの。そこで(なおみを)上回ることができたのが嬉しい」つまり自分に比べて圧倒的なスピードとパワーを誇る大坂に対してテクニックでそのパワーを封じ「ミス」を誘ったことが勝因だとムラデノビッチ選手はしたり顔の様子を見せたのだ。一方の大坂なおみ選手は「全豪オープンからまだ1ヶ月も経っていません。まだ1試合です。私はまだかなり若いと思いますし、まだまだ学ぶべきことがたくさんあると感じています。私は悪い試合で負けた後に、いいプレーをすると思っています。次の大会が楽しみです」ツアー通算で20勝25歳のムラデノビッチ選手の経験豊かなゲーム運びに屈したツアー通算まだ3勝21歳の大坂なおみ選手、その若さあふれるパワーでの活躍は彼女が言うようにまさにこれからだろう。

 

スマホが無かった頃、ヒマなときあなたはどうしてた?

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SNS上の掲示板に「スマホの無かった頃、ヒマなときどうしてた?」というスレッドが立っているのをよく見かける。スマートフォンが世の中に登場してパソコンを使わずに携帯電話でインターネットが操作できるようになったのはつい10年前、今では四六時中スマホとにらめっこする生活を送る人がほとんどだが、言われてみれば10年前の我々はヒマなときをどう過ごしていたのだろうか?「外で遊んでたし、電車とか友達と乗って過ごしてた。でも今は友達がいなくてもネットでヒマつぶしできる。(スマホのない時代は)ヒマが経済を動かしてた」「本屋で立ち読み。ゲームセンター。もう殆ど無い文化だね。言われれば本屋というものがもう無い」「雑誌をすごい読んでたな、買ったり立ち読みで」「CDやビデオを借りに行く、ゲーセンに行く、本屋に行く、バッティングセンターに行く、100均に行く、大型スーパーに行く」「テレビ見て飽きたら寝る、ラジオ聴いていつのまにか寝る、本読んで疲れてきたら寝る」「リア充(現実の充実感)なんて概念が無かった。オタクだろうが不良だろうが皆んな誰かとツルんでた。行動力があったなみんな」などなど。これらの思い出話を聞くと、いま、本屋さんやビデオ店、ゲームセンターがどんどん潰れてゆく原因がスマホの普及と因果関係が深いことが実によく分かる。そして新しいヒマつぶしの方法をスマホで手に入れた若者達から生まれた「リア充」というネット用語、スマホにに入り浸る若者達が、現実生活が充実していないことを自虐的に表現したこの言葉こそ、まさにスマホを手にした10年前に置き忘れてきた「大切な何か」を教えてくれているように思われる。

 

 

#Japowは世界の共通語、日本へ外国人に来てほしい安倍首相わかるかな。

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日本人のほとんどが知らない、世界中の若者に流行っているEnglish ワード「#Japow」を知っていますか?これはJapan+powder snowを合体して創り出されたあたらしい造語で今、北海道のニセコや長野県の白馬を訪れる外国人の間で使われるのが流行ってる言葉だという。この#JapowがツィツターやインスタグラムなどSNS上で世界中のウィンタースポーツ好きな若者達の間を飛び交い、日本の「ニセコ」や「白馬」が世界一雪質の良い「パウダースノーの聖地」であることが世界中に拡散されているというわけだ。このあたらしい造語である#Japowというキーワードこそが、来年のオリンピックの年に4,000万人の来日観光客数を目指している我が国にとって、観光客を惹き付ける大きなヒントになりそうだ。つまり、外国人が「日本の持つ魅力」に一言でピンとくるキーワードを英語で作ってネット上で流行らせる。こうすれば政府が目標にする来日外国人年間4,000万人目標達成も可能になるに違いない。「寿司」や「ラーメン」や「コスプレ」などありきたりのキーワードでは世界中の若者達の心を惹き付けられない。日本が世界に誇れる雪質を表現したこの#Japowのようにもっと「コアな」キーワードを作る必要があるだろう。例えばJapan+Hot spring(温泉)を合体した造語Japringという造語を世界中に向かってネット上で拡散させるとか、3年前のリオ五輪閉会式でスーパーマリオに扮して見せた安倍首相にはこうしたネットを活用する「外国人来日戦略」を考えられるだろうか(笑)

戦場写真家ロバート・キャパ。あの「崩れ落ちる兵士」実は生きてる?

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20世紀を代表する戦場カメラマンであるロバート・キャパ。1954年のベトナムの戦場で地雷に触れて非業の死を遂げた彼の人生は多くの謎に包まれている。ロバート・フリードマンの本名で報道写真家として出発したが1937年のアメリカの「LIFE」誌にあの有名な「崩れ落ちる兵士」(上の写真)が掲載された際には、撮影者の名前がロバート・キャパとなっていた。その理由は彼が売れないカメラマンだったのを見かねて愛人の女流写真家ゲルダが偉大な業績を持つ報道写真家を想像させる名前ロバート・キャパに改名するようアドバイスしたからだ。この「頭部を撃ち抜かれ倒れる瞬間の兵士」を撮ったカメラマンとしてロバート・キャパは一躍有名人になった。しかし、後になって撮影したのはキャパではなく一緒に居た愛人ゲルダが撮影し、撮影場所もスペイン内戦の戦場ではなく演習中の撮影であり、演習のため「撃たれた兵士」も実は死んでいなかったという驚くような事実が次々と暴露されたのだ。しかしこの撮影の翌年には愛人ゲルダがスペイン内戦の戦場で死亡、疑惑の真相はすべてが闇の中に消えてしまった。ロバート・キャパのもう一つの代表的な戦場写真「ノルマンディー上陸作戦」はキャパのカメラを持つ手が緊張に震えピンぼけになったことで逆に上陸する兵士達の緊迫感を見事に写し取った名作と評価されている。そう言えばキャパが残した自伝のタイトルは「ちょっとピンボケ」、自分の代表作品に「大きな疑惑」を持たれている彼の人生そのものも「ちょっとピンぼけ」だったと言えるかもしれない(笑)

メイウェザーに「一発」当ったか、カスっただけか、天心選手が語った。

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昨年の大晦日、異種格闘技戦で伝説のボクサーフロイド・メイウェザーと日本人選手で初めてグローブを交わしたキックボクサーの那須川天心選手。得意とする足を使ったキック技を封じられた不利なルールでの闘い、メイウェザーの一方的なパンチによって天心選手は3度のダウンを奪われ1Rわづか139秒で勝負の決着が付いてしまった。しかしこの試合でゴング開始から50秒に天心選手が放った左フック(上の写真)が実際にメイウェザーにヒットしていたのか、カスっただけなのか試合後にツィツター上でいろいろな憶測が飛んだのだ。「当たってないだろ」「アゴをかすめただけのパンチ」「あと数ミリの差、惜しい」などなど。実際にはどうだったのかについて那須川天心選手が試合から1ヶ月以上たった今、その「真相」についてインタビューで語っている。「まず入場したメイウェザーの体を見た時、すごくデカイなと思いました。今まで直接会った時は、いつも服着ていたので。そこで、少し怖くなりました」「圧力もプレッシャーのかけ方も、他の選手とは格が違いました。自分がやられて、一番嫌なことをやってきたな」と思い、肝心の一発については「最初(自分は)ダウンしたじゃないですか。でも、その前に1つ(自分が放った)ストレートが、「バンッ!」って当たってメイウェザーの目が赤くなっていたので「お、当たった!」と思っていた直後、どんどん前にきて攻めてきました。ガードも長い手で覆い隠されていて、パンチを打っても、硬い石みたいな感じでした」やはり、天心選手の放った左フックがメイウェザーの顔面にヒットしたのは間違いなかったようで彼のキックボクサーとしての名誉もこれで回復できるに違いない(笑)