20世紀を代表するセックスシンボルとされるアメリカの女優マリリン・モンロー⬆と暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領とが肉体関係にあったとする噂が、1960年代にマリリン・モンローの家の家政婦レナ・ペピートーンなどの証言をもとに噂されていた。当時アメリカを代表する2人の有名人の出会いは、1959年ケネディの妹の夫からの紹介によって始まった。ケネディとモンローが近づいた背景には、マフィア幹部の手引きがあったともされ、ケネディ政権へのマフィアの影響力が強まることが懸念され、当時のFBI長官フーヴァーらによって2人の関係が強制的に終わらされたとする噂もあった。今日では、多忙をきわめるようになったケネディ側が、自らモンローとの関係を大きく縮小させたためとする説が有力だ。2人が親密な関係にあったとされる時期、モンローがケネディとたびたび電話で個人的な会話を交わす関係にあったことは、ホワイトハウスの通話記録などから確実視されていたが、FBIの捜査記録や知人たちへの膨大なインタビューなどをもとにした近年の研究では、2人が肉体関係にあったことを裏づける明確な証拠は存在せず、あくまで噂にすぎなかったと結論づけられている。マリリン・モンローは、約3年続いた2人の関係が終焉を迎えた直後の1962年5月19日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで行われたケネディの45歳の誕生日パーティに、体の線が露わになったドレス姿で現れ、アメリカの歴史に残る替え歌「ハッピーバースデー・ミスタープレジデント」 ⬆を即興で歌っている。この日からわずか3ヶ月後の8月5日、ロサンゼルス郊外の自宅の寝室でマリリン・モンローが全裸で死亡しているのをメイドが発見。そして、モンローが死んだ1年3ヶ月後の11月、ケネディ大統領も凶弾に倒れている。