ジャズのスタンダードナンバーとして知られるフライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン。1962年にフランク・シナトラが唄って一躍有名になったとされているが、原曲はそれより8年前にバート・ハワードという作曲家が曲を作り、ニューヨークのキャバレーで演奏されたものだった。そのオリジナル曲のタイトルは「言いかえると」(イン・アザー・ワーズ)だったという。しかしこの曲はまったく売れず曲が発表されて8年後に作曲家ジョー・ハーネルの編曲によってボサノバ調の曲として生まれ変わり、タイトルも「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」に変えて再発表されたのだ。これを人気ヴォーカリストであったフランク・シナトラが唄ったことで一躍世間に知られるようになったというわけだ。しかし、この曲の歴史はこれだけでは終わらなかった。ヒットした7年後に宇宙船アポロ11号のニール・アームストロング船長が月面に降りて最初にかけるのにふさわしい曲としてシナトラが唄うフライ・ミー・トゥ・ザ・ムーンのカセット・テープを月まで運んだのである。アームストロング船長は子供時代に吹奏楽が趣味で音楽への造詣が深く月に持って行くのに一番ふさわしい曲としてこの曲を選んだと言われている。しかしこの曲のタイトルが原曲のままだったとしたらアームストロング船長は宇宙船に乗せることはしなかったに違いない。名曲に歴史あり、の言葉通りに、タイトルを変え曲調を変えることで「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」はジャズのスタンダードナンバーとしての永遠の地位を得て、さらには「月面で人類が初めて聞いた曲」として永遠に歴史に残る名曲になったのである。