ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

「東洋人には早すぎる」91年前ノーベル賞で落とされた山極勝三郎。

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今年もノーベル賞の季節がやってきた。毎年のように日本人受賞の話題がマスコミをにぎわしているが昔は現在と違ってノーベル賞受賞者にも人種差別があったことが事実として残されている。それは日本人として初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士から遡ること23年前の1926年のノーベル賞選考委員会での出来事だった。医学・生理学賞の候補になったのが日本人の病理学者山極勝三郎博士のウサギの耳にコールタールを塗り皮膚がんの発生に成功した研究成果とデンマークのフィビゲル博士が寄生虫に感染したゴキブリをネズミに食べさせ胃ガンを作った研究の二つだった。前評判では山極博士が有力だったが結果的にはフィビゲル博士が受賞した。しかし、このあとフィビゲル博士の研究がデタラメだったことが解りノーベル賞の選考課程に大きな疑念が生じたのだ。当時のノーベル賞選考委員の一人ヘンシェン博士が40年後の1966年に来日した際に「あの当時には選考委員の間に東洋人にノーベル賞は早すぎる」という意見があったことをハッキリと証言しているのだ。ノーベル賞を受賞したフィビゲル博士のインチキな研究がバレたことで日本の山極博士は世界で初めて人工ガンを作った名誉を取り戻すことができはしたが、ノーベル賞を取り戻すことは出来なかった。このノーベル賞選考委員会の不公平さ加減は受賞者のインチキ研究がたまたまバレたことで日の目をみたが、昔は他にもこうしたアジア人差別はノーベル賞選考の過程で存在して居た事はほぼ間違いのない事実だろう。現在、毎年のようにノーベル賞を受賞し続けて居る日本人研究者。しかしながら、91年前にはこうした明らかな人種差別発言によって受賞を逃した日本人の研究者が居たことを日本人は記憶にとどめておくべきだろう。