

1960年代初頭、ニューヨークの前衛アートコミュニティのなかで未だ無名だった若きアンディ・ウォーホル(1928年生まれ32歳)と草間弥生(1929年生まれ31歳)の2人が出会い、親しい友人関係が生まれると同時に最大のライバル関係が生まれた。1963年に⬆️開催された草間の個展『集積:1000隻のボート・ショー』に訪れたウォーホルは、壁紙一面にボートの写真を何枚も連続して貼り付けるという、草間彌生の驚異的な反復(リピティション)表現(⬆️左)を見て、「ヤヨイ、これは何だい? ファンタスティックだ!」と絶叫し、その表現手法を大絶賛した。それから3年後の1966年、ウォーホルは、壁一面に牛の頭のイラストを連続して並べた『カウ・ウォールペーパー』を発表(⬆️右)して、ポップアートの旗手として一躍有名アーティストになったのだ。これを見た草間は、ウォーホルが「イメージを無限に反復して壁に敷き詰める」というアイデアを盗んだと激しく憤慨、当時の米国ではアジア人女性アーティストへの社会的評価が低かったこともあり、自分の先駆的なアイデアが白人男性のウォーホルの功績として世に広まっていく現実に、草間は精神的に深く追い詰められ、重い鬱病を患う一因となった。晩年、草間彌生は、自伝などでウォーホルについて振り返る際、彼を「親しい友人」と呼びつつも、アートへの姿勢については「時代の先駆者ではなく、うまく立ち回った人」と非常に辛辣な評価を下している。