ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

モハメド・アリVSアントニオ猪木、茶番ではなく真剣勝負だった。

1976年6月26日、日本武道館で行われたプロレスラーのアントニオ猪木vsボクシング世界ヘビー級チャンピオンのモハメド・アリの「格闘技世界一決定戦」は、当時「世紀の茶番(結果が見え透いている)」と世間で言われ、アリ自身のボクシング戦績に、この猪木とのエキシビションマッチは記録されていない。しかし、アリのプロモーターのボブ・アラム 氏は、プロレスはペテンだと思っていて当初は真剣勝負とは考えていなかったが、来日してみて日本側の関係者が真剣だったことで、初めてこの試合は真剣勝負なのだとわかったと語り、アリが怪我することを恐れて 急遽タックルチョップ投げ技関節技などプロレス技を猪木に禁じる特別ルールを申し入れた。このエキジビジョンマッチが真剣勝負だったというもう一つの証拠が、アリはこの試合で猪木に蹴られたことが原因で歩行困難になっていた。専属のドクターはアリに早期の治療を提言したが、アリはその助言を聞かずに東京での試合の後、韓国やフィリピンへ行くスケジュールを優先した。しかし、アリはアメリカに帰国後、足の痛みに耐えきれずにサンタモニカの病院に入院。血栓ができて左足がダメになるとまで言われ、予定されていたケン・ノートンとの世界ヘビー級防衛戦をキャンセルしたほどだ。この試合でタックルや投技を禁止された猪木は、リングの上に寝転がり、アリの足を集中的に蹴る戦法を取った(⬆上写真)。猪木のマットに寝転がっての蹴りは確実にアリの足にダメージを与えたが、結局はアリを倒すだけの決定打にはならず、15ラウンド「引き分け」に終わっている。試合後、猪木もアリの足を何度も真剣に蹴ったために脛と足の小指を骨折していたことが判明した。後日、足の怪我が治ったアリが猪木と会った際「あんな怖かった試合はなかった。お前はどうだったんだ?」とアリから尋ねられたと猪木本人が明かしている。