ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

実存主義サルトルは、なぜJAZZヴォーカルに注目したのか。

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20世紀を代表する知の巨人ジャン=ポール・サルトル(⬆上写真左)が書いた実存主義小説「嘔吐」。マロニエの木の根など様々な事物の〈存在〉を意識した途端に起こる「吐き気」に悩まされる主人公に「人間はどう生きるべきなのか」を考えさせる物語だ。その物語の最後のシーン「私はウェイトレスを呼ぶ。『マドレーヌ、お願いだからレコードを一曲かけてくれないか。ぼくの好きなやつを。ほら、Some of these days(いつか近いうちに)だよ』🎵Some of these days(いつか近いうちに)You'll miss me honey.(いとしい人よ、私の不在を寂しく思うでしょう)……いったい何が起こったのか。〈吐き気〉が消えたのだ」。「音楽は自分自身で秩序に従って終息する。私がこの美しい声を愛するのは、そのためだ」。この歌は、ユダヤ人が作曲し、黒人女性シンガーが唄ったとサルトルは描写したが、実際は、黒人が作曲しユダヤ系女性歌手ソフィー・タッカーが歌っている(⬆上写真右)。 この偶然性に満ちた不条理な世の中で、音楽こそが強力な必然性を持っている、と主人公に熱っぽく語らせるサルトル。彼は、シャンソンやクラシック音楽ではなく当時のフランスでは新しかったJAZZヴォーカルを、主人公が自分の意志で小説を書こうと決心するラストシーンになぜ登場させたのか。『嘔吐』が書かれた1931年当時、パリの音楽世界にあらたな創造の熱気と自由をもたらした黒人ミュージックJAZZ。この音楽こそが20世紀の哲学である「実存主義」にふさわしい音楽形態であるとサルトルの「感性」に響いたからに他ならない。