ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

文豪三島由紀夫を「観念小説家」と一刀両断した松本清張。

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「点と線」「砂の器」などで知られる戦後を代表するベストセラー作家の松本清張(⬆上写真右)が、同時代を生き破天荒な作家人生を送った作家「三島由紀夫」⬆上写真左)について、1976年の文学雑誌の対談で語った話が痛烈だ。「三島由紀夫ですが、彼は学生時代から短編を発表していました。ところが社会生活の体験がないから、社会的な事件を借りて、そこに〈美学〉を構築した。金閣寺の放火事件=小説『金閣寺』、近江絹糸の労使紛争=『絹と明察』、料亭般若苑=『宴のあと』など、みなそうです。モデルなしで空想でつくった筋は、だいたい失敗していますね。『潮騒』などはギリシャの話がタネでしょう。とにかく、アクチュアル(現実に起こったこと〉な題材を、観念小説にするところは独壇場です。そこに、2.26事件の青年将校が眼にうつった。これも事件ものです。三島はあの事件では磯部 浅一(反乱軍将校)を事実上の指揮者とみていますが、これはわたしも賛成です。磯部のファナティック(狂信的な)な性格や行動に三島が強い魅力をおぼえたのはわかります。生命力の燃焼とか破滅とかにあの人は『美』を構築する。もともと感受性の豊かな作家ですから、わたしは、三島のああいう行動(自衛隊での割腹自殺)は、題材のためにミイラとりがミイラになったと思っています。それは観念小説作家の悲劇だと思います」。三島由紀夫を「観念小説家」と一刀両断した松本清張、あなたはどう思われますか。