ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

パイロット世界一になった「空飛ぶサムライ」室屋義秀の超人理論。

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かって第2次大戦で日本がアメリカ軍を恐怖に陥れた戦闘機「零戦」と同じ小型プロペラ機で争われ、世界一の操縦技術を競う飛行機レース「レッドブル・エアレース」で日本人パイロット室屋義秀氏が、今季行われた8回のレースで4回の優勝を遂げて日本人初の年間総合優勝という快挙を成し遂げた。第2次大戦敗戦国日本は、戦後文字通り翼を折られた状態で、飛行機のレースなど高嶺の花とパイロット育成など考えもしなかった時代が半世紀以上も続いてきたが、エアレースの世界で「空飛ぶサムライ」と評される室屋氏が、操縦技術で世界一を競い合うエアレースで総合優勝したことは世界に向けて日本人パイロットの優秀さをアピールした画期的な出来事なのだ。「操縦技術世界一」を競うとはどういう事なのか。室屋氏によれば「飛行機で宙返りする技術なら普通のパイロットでも訓練すればカンタンに出来る。我々のレースをクルマで例えるならクルマの両脇がわずか1㎝しか空いてない壁の隙間を時速370㎞で走り抜ける感じ」と表現する。3,000万円もの借金をして自分の飛行機を購入し返す当てもないままひたすら「操縦技術世界一」を目指して本場アメリカで操縦技術を磨き続けて苦節18年、室屋氏がその手につかんだ栄光は同じ日本人にとっても大きな誇りである。室屋氏にとって操縦技術世界一への挑戦とは何だったのか。彼は「挑戦とはbeyond the edge限界を超えてゆこうって事なんです。限界を超えるには凄まじい努力が要る。そこを超えると新しい瞬間があり自分自身の発見がある」と語っている。パイオニアとしての道を切り開いた「空飛ぶサムライ」室屋氏はパイロットして限界を超えて見せたまさに超人なのである。