ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

4の字固めで視聴率64%、伝説のレスラー「デストロイヤー」死す。

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日本のプロレス界に「4の字固め」で力道山と壮絶な攻防を繰り広げその名を轟かせた覆面レスラー「ザ・デストロイヤー」さんが88歳で亡くなった。当時を知るシニア世代には今から56年前の1963年5月に行われた力道山VSザ・デストロイヤーの死闘は忘れられないだろう。テレビの視聴率が何と64%を記録したこの闘い。デストロイヤーが力道山の空手チョップで前歯をへし折られながらも必殺の4の字固めで力道山を捉えるが力道山はギブアップしない(上の写真)力道山が体を反転させて裏返しになり4の字固めをかけられたまま上から逆にデストロイヤーの足を責めつける。そのまま二人は二転三転、どちらもギブアップしない。ついにレフェリーが「これ以上やったら二人とも死ぬ」と叫んで引き分けを宣した。試合後も両者の足は複雑に絡み合ったままでなかなか外れなかったのが強烈な記憶として残る壮絶な試合だった。プロレスの世界に初めて覆面で登場したデストロイヤーは全米の王座を次々に奪取し、日本人レスラー力道山との死闘は1勝1敗2分とほぼ互角だった。力道山亡き後、ジャイアント馬場の全日本プロレスの旗揚げを応援し、ジャンボ鶴田や大仁田厚などの若手レスラーの育成にも尽力した。日本人が覆面をしたプロレスラーを見たのもデストロイヤーが最初だった。覆面を被った理由は、素顔があまりにも温和な顔立ちをしていたためマスクを付けないとヒール(悪役)を演じられなかったたからだという。またひとりニッポンの昭和時代を彩った伝説のレスラーが消えてしまった。ご冥福をお祈りしたい。