地球上で最速の男ウサイン・ボルトがロンドンの世界陸上の引退レースで3位に終わった。優勝したのは30歳のボルトより5歳も年上のガトリン選手だった。まだまだ走れそうなボルトがなぜ30歳の若さで引退を決意したのか。陸上短距離選手にとっては致命的な背骨がCの字にカーブした脊椎側弯症があるためだ。ボルトの輝かしい記録の裏にはつねに自分の背中に背負った爆弾のような「脊椎側弯症」との戦いがあったのだ。ボルトの肩を大きく上下させるあの独特の走法は、曲がった背骨のために不安定になる肩と骨盤のバランスを取ろうとするためだったと言う。この背骨を庇う走法はいきおい足に負担がかかりボルトは足の裏の筋肉の肉離れに絶えず悩まされ続けてきた。ボルトはこの肉離れを防止するために徹底した筋肉の強化を計って次々にスピード記録を更新してきたのである。さらには、長身の選手はスタート時の加速が鈍るため短距離には向かないと言われる中、身長196㎝のボルトは世界最速のダッシュをする背の低い選手についてこれを徹底的に学んでスタートダッシュを改善、レース中盤では長身ゆえの大きなスライドを活かして最高速に達するという自分流の走法を完成させて世界最高速の記録を打ち建てたのだ。我々のウサイン・ボルトのイメージと言えば、レース直後にライト二ングボルト(稲妻ボルト)と呼ばれる独特の勝利のポーズをした写真を思い出すが、その裏で筋肉の強化やスタートダッシュの改善など、自分の弱点をカバーするための弛まぬ努力があったのだ。世界最速の男の早すぎる引退。我々はあのライト二ングボルトの誇らしげなポーズと一緒にその裏に隠されている背骨が曲がったハンデキャップを克服しようとしたボルトの努力の数々をもしっかり記憶に留めておくべきだろう。