ボブ・ディランは、53年前22歳の時にアメリカの市民権運動の団体NECLCから反体制的なその作詞内容が評価されて「トム・ペイン賞」を授与された。若干22歳の彼は受賞の席でその若さ故に居並ぶ聴衆の前できわめて挑戦的で反抗的と取れる挨拶をしたためにNECLCの人々の怒りを買った。すると彼はすぐに団体宛に次のような謝罪の手紙を出したのである。「僕はアーティストです。自分の創った歌を人々の前で演奏する、それだけなら簡単なことです。スピーチをしなくて良いし、ただ歌えば良いのですから。本当は授賞式で歌えばよかったのでしょうがそうもいきません。だって、この賞は僕の演奏に対してくれたのではなく僕の書いている作詞内容に対してくれたのですから」この手紙を書いた53年後の現在、若いときのこうした考え方そのままにノーベル賞授賞式を欠席するというのだからまったく驚がくさせられる。現在の時点で報道されている授賞式欠席の理由は、すでに先約があるからと何とも解せない理由になっているが、53年前のこの手紙を読めばアーティスト「ボブ・ディラン」の欠席理由が一目瞭然である。つまり、ノーベル賞委員会は、自分をアーティストとして評価してくれたのでは無く、単なる作詞に対しての評価をしただけだろう、というのがボブ・ディランが欠席する本当の理由(不満)というワケだ。すでに先約があるためと言うのは彼らしい方便だ。やはりミュージシャンとして輝かしい実績を持つボブ・ディラン、ファンを虜にしてやまないその人間的な魅力は、53年前の22歳の時から74歳の今日まで、その反骨の姿勢にまったく以ってブレの無い男だからなのであろう。