人形作家辻村ジュサブローさんが営む東京の下町人形町のジュサブロー館を訪ねた折に、「向い干支」という言葉を初めて知った。十二支を時計回りに並べて(上図参照)自分の干支の正面にくる干支を「向い干支」というのである。「運気は正面からやってくる」という縁起担ぎの一種だが、江戸時代には、向かいの干支を「守り干支」と呼び、子供の着物に向かい干支を文様としてあしらったり、向い干支の小物を子供に与えたりする風習があったという。明治初期の文豪泉鏡花の「鏡花幻想譚」という作品の中に「鏡太郎(鏡花の本名)や、これはね、水晶の兎ですよ。鏡太郎は酉年でしょう。酉年から数えて七番目のものを持つと身のお守りになるのですよ。出世をしますよ」と母親から水晶で出来た向い干支(酉から七番目の)兎のお守りを授かるシーンが出てくる。辻村ジュサブローさんも母親から向い干支が幸せを運んでくれると教えられたそうだ。この「向い干支」という縁起担ぎは何となく江戸の粋や洒落た伝統文化の香りがして、私も鏡花に倣って「向い干支」の収集に嵌った憶えがある。自分の干支は酉、向かいの干支は兎ということから、兎の根付や兎の香炉、兎の印籠など、目的を持った骨董小物の収集は大変楽しく収集品は今でも身近に常に置いている。信じる者は救われる、という言葉があるけれど運気が果たして向かいからやって来るかどうかは不明だが、「向い干支」の小物コレクション収集には日本伝統の粋な遊び心が溢れている。良かったらぜひお試しあれ。