ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

浮世絵・俳句、日本オタクになろうとしたジョン・レノン。

ビートルズのジョン・レノンが暗殺された翌年の1981年に雑誌『宝島』の追悼特集記事に掲載されたビートルズ解散直後の1971年、お忍びで来日していたジョン&ヨーコ夫妻が、上野・不忍池に近い骨董屋「羽黒洞」を訪れた⬆️エピソードが面白い。「羽黒洞」は浮世絵専門の画商で、いろいろな浮世絵を見せると、「ハウ・マッチ」とジョンが訊ね、いくらいくらと答えると迷うことなく「オーケー」と次々に買い上げたという。さらに店主が、芭蕉の有名な俳句「古池や蛙飛び込む水の音」の短冊を見せるとジョンの目の色が変わって「ハウ・マッチ」と尋ね、店主が「200万円」(半世紀以上前の200万円は現在の1000万円くらい)と答えると、ジョンは表情を変えずに一声「オーケー」と言ったという。この場に同席していたオノ・ヨーコは、「日本文化に関する本を読んでいたジョンはプライスという人が書いた俳句の本に「古池や蛙飛び込む水の音」があったのですっかり芭蕉が気に入っていたから」と、購入の経緯について語っている。さらに「他にないのですか」とジョンが訊ね、店主が良寛や一茶の短冊も見せると再びジョンは「オーケー」という。本当に俳句の心がわかるのだろうかと店主は訝(いぶか)しく思ったがジョンは芭蕉の短冊をしっかり胸に抱きしめて離さず、「私がこれを買って海外に持って行っても嘆かないでください。ロンドンに日本の家を建て、日本の茶席をつくり、日本の庭で日本の茶を飲み、床の間にこれを飾って、日本人の心になってこの芭蕉を朝夕に見て楽しむから、日本人に売ったと思ってください」と言ったという。これほど細やかなまるで日本人のような心遣いをする客は見たことがないと、骨董屋の店主は感心したという。