
松尾芭蕉の句に「花の雲、鐘は上野か浅草か」という有名な句がある。これは貞享4年(1687年)、当時44歳の芭蕉が住んでいた隅田川沿いの深川の「芭蕉庵」でふと耳にした「鐘」について、あれは上野寛永寺時鐘堂の鐘の音だろうか、それとも浅草浅草寺弁天山鐘楼の鐘の音だろうか、と迷った状況を句にした芭蕉としては珍しい形の名句と言えるだろう。我が家も浅草の隅田川のほとりの住まいなので、芭蕉が「鐘の音」を浅草か上野どちらで鳴らされた音なのか迷っている状況はよく分かる。芭蕉庵は我家よりもさらに下流の深川地区、そこに建つ「芭蕉庵」は、上野寛永寺と浅草寺のちょうど中間に位置(どちらからも3キロほどの距離)にあったため、この句が生まれたと考えられる。芭蕉庵からは浅草寺の伽藍が見えていたと言われるので、浅草寺の「鐘の音」が聞こえたと言うのが「正解」なのかもしれない。3キロ離れた距離から浅草寺の伽藍が見えたというこの時代、現代と違って優雅な江戸の風景だったに違いない。満開の桜のかたまりを雲にたとえた比喩表現「花の雲」の初句によって季節は春だということがわかる、さらにここで言う 「鐘」というのは、「時の鐘」つまり時刻を知らせる鐘、ここで詠まれているのは、朝の鐘か夕方の鐘なのか、気だるい春の感じとしては、夕暮れの鐘とする方がふさわしい、春の宵、夕日が「花の雲」を赤く染めている光景に鐘の音が響く、優雅な江戸の街の風景が思い浮かんできませんか。