「願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ」、平安時代末期の歌人、西行（さいぎょう）は年老いて「咲き誇る桜の花を見ながら死にたい」と歌に詠んだ。そして歌の通りに、建久元年（1190年）2月16日、河内の弘川寺（ひろかわでら）（大阪府河南町）で桜を見ながら静かに息を引きとったという。享年73。如月（きさらぎ）の望月、つまり旧暦二月十五日（現代の暦では3月下旬頃）は、釈迦（ブッダ）の入滅日（命日）とされている。仏教に帰依して出家し、武士から僧となった西行が亡くなったのは旧暦二月十六日。ブッダの命日との誤差は僅か一日と、奇しくも自らが詠んだ和歌の通りの最後を迎える事となったのだ。この歌の通りの見事な最期は、多くの人々に感銘を与え同時代に生きた藤原定家や慈円といった歌人にも絶賛された。西行が亡くなった如月の満月のころは、新暦では3月下旬から4月上旬の桜の季節にあたる。西行はなぜこれほど望み通りの時期と場所で死ぬことができたのだろうか。あまりにも望みに一致したその死について、近年「西行の死は自然死ではなく、計画的な自決だったのでは」と言う説が出てきた。西行は釈迦の悟りの境地に近づくため、釈迦の命日の2月15日ごろに自分も死のうと決断し、そのために幾日も断食・断水をし、自らの意思で絶命したと言うのだ。歴史学者によれば「実際に平安・鎌倉期の高僧は死期を悟ると断食をし、安らかな自死を選んだ例が多い」とされている。望み通りに満開の桜を見ながら死んだ西行の最期は、果たして「自決」だったのだろうか。
