20世紀を代表するロックバンド「ザ・ビートルズ」が日本に初来日したのは1966年、58年前のことである。世界的なロックスターを前に熱狂する観客のなかに実は日本を代表する文豪三島由紀夫がいたのをご存知だろうか。ロックミュージックなどにまったく興味のない三島は、どうしてあのバンドが世界的に人気があるのだろうと思い、週刊誌の依頼で取材に行った模様を記事にしている。「ビートルズ見物記」⬆️と題されたその記事は、「六月三十日のビートルズの初日に出かけ、ビートルズとはそも何者ならん、という探究心のとりこになった」という書き出しで、「私にはビートルズのよさもわるさも何もわからない。しかも歌いだすやいなや、キャーキャーというさわぎで、歌もろくすっぽきこえない。どうにかきこえたのは、イエスタデーはどうしたとかこうしたとかいう一曲だけ。対岸(ステージ)はるか、顔もろくすっぽ見えない4人の人間は、そろいの濃緑のダブル・ブレストに赤シャツで、いかに熱演してみせようが、およそ興奮を呼び起こすようなものは一つもない。あれほどの人気者だからなにか人を興奮させる魔力があるのだろうと期待して、何一つ期待が満たされなかった。太った女の子が、急に泣きながら、「ジョージ!」「リンゴー!」などと叫びだすのを見ると、心配になってしまう。熱狂というものには、何か暗い要素がある。ビートルズがいいの悪いの、と私は言うのではない。また、ビートルズに熱狂するのを、別に道徳的堕落だとも思わない。ただ、退場する際、二人の少女が、まだ客席で泣いていて、腰が抜けたように、どうしても立ち上がれないのをみたときには、痛切な不気味さが私の心をうった。そんなに泣くほどのことは、何一つなかったのを、私は“知っているからである”。