「パパ」の異名で知られる男性的な作家アーネスト・ヘミングウェイ、危険を好み、銃弾が雨嵐のように飛んでくる戦地へ幾度となく赴き、その体は人並み優れて大きく逞しく、闘牛やボクシング、釣りと狩猟が好きで、そして何より酒が大好きだった。ヘミングウェイが、死と引き換えにしても自らの「男らしさ」にこだわり続けた裏には、「女性の軟弱性」を自分から払拭したいという強烈なトラウマがあったからだ。そのトラウマは、ヘミングウェイが生まれてから4歳になるまで母親のグレイス・ホールが、長女のマーセリンと同じ服装で長男ヘミングウェイに女の子の格好をさせ(⬆️左)、名前も女の子の名前エルネスティーンと変えて呼び「双子の姉妹」のように育てたからだ。しかし、小学生に成長したヘミングウェイは、母の片寄ったジェンダー嗜好を子供心に疎んじながら、その一方で、西部開拓時代のフロンティア精神に溢れた医師の父親から釣りや狩猟、ボクシングなどの手ほどきを受け、生涯の「男らしい人格」を形成していったという。しかし、男らしい生き方を教えてくれた父親は、「武器よさらば」(1929年)の作品を発表してヘミングウェイが時代の寵児となった年に、病気を苦に拳銃で自殺、その32年後、ノーベル賞作家となっていたヘミングウェイ自身も父親と同じ銃によって自殺した。「男らしい生き方」の結末が「自らの死」とは、何とも侘しい人生の結末だと思いませんか。