ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

ラストサムライは居た、「函館戦争」を戦ったブリュネ大尉。

2003年  トム・クルーズ(⬆上左)が主演したアメリカ時代劇アクション映画「ラスト・サムライ」。明治維新後に起きた西郷隆盛の「西南戦争」や榎本武揚による「函館戦争」など「侍の最後の戦い」をヒントに作られた映画だが、トム・クルーズの演じた明治維新軍の軍事教官として来日したオールグレン大尉役には、モデルとされる人物が実在した。榎本武揚 や土方歳三らによる「函館戦争」で参謀役を努めたフランス人のジュール・ブリュネ大尉だ(⬆上右)。ブリュネ大尉は、1867年開国した最後の将軍徳川慶喜 との関係を深めるためナポレオン3世が派遣したフランス軍事顧問団の副隊長として来日。しかし、江戸幕府が明治新政府軍に敗北したためフランス軍事顧問団は日本を去る事になる。しかし、ブリュネは、フランス政府に軍籍を辞す手紙を送り、榎本武揚率いる旧幕府艦隊旗艦の  開陽丸に乗り組んで北海道の函館に上陸、榎本武揚の「蝦夷共和国」(箱館政権)の創設を支援するため、フランス人下士官を指揮官とする4つの連隊を率いて軍事面での支援を行った。ブリュネは当初、「明治新政府は徳川軍に勝てる軍事力を有しないから蝦夷島の占領を許すに相違ない」と侍帝国復権を夢見ていたが、18696月、五稜郭に対して  集中砲撃が始まり、函館政権の陥落が確実となった。侍帝国復権の夢が潰えたブリュネは、フランス人の部下全員に退却を命じ、箱館湾で戦局を偵察中だったフランス軍艦コエトロゴンで五稜郭陥落前に函館を脱出して帰国の途についた。フランスの軍籍を捨ててまで侍帝国復権を目指す榎本武揚に危険を承知で加担したブリュネ大尉、「ラストサムライの魂」を持った人物だった。帰国後、明治新政府がブリュネの処罰を求めたがフランス政府はこれを無視、ブリュネの軍籍を復活させる。29年後、ブリュネはフランス軍の将軍にまで昇りつめ、73歳で没した。