ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

あのパッキャオと戦った唯一の日本人ボクサー、寺尾新。

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メジャー世界タイトル6階級制覇王者で伝説のボクサー「マニー・パッキャオ」と拳を交えた唯一の日本人ボクサー寺尾新をご存知だろうか?22年前、日本フライ級1位で10勝2敗1分の戦績の寺尾新26歳は、当時まだ東洋太平洋フライ級王者でWBA5位・WBC7位にランクされていた19歳の少年パッキャオと後楽園ホールでノンタイトルを戦った(⬆上の写真右がパッキャオ)。結果は、1Rで3度のダウンを奪われ1R2分59秒で寺尾がTKO負けを喫している。1R1分30秒過ぎにパッキャオの左ストレートが寺尾の顔面に直撃、「3〜4m離れた安全地帯に自分が居たイメージなのに拳が飛び込んできた。それ1発でガクンときた、今まで味わったことのない衝撃だった」と寺尾は語り、直後のパッキャオの猛ラッシュに「千手観音に見えた、あっちこっちからパンチが来て避けようがない、一撃一撃が鉄パイプみたい」と感じ、「途中からやりたくなくなった」と戦意喪失しながら1分以上耐えていたが、遂に1R2分59秒、合計で54発のパンチを喰らった寺尾はTKO負けを宣告された。「いつもなら負けたならリベンジしてやろうと思うのにパッキャオに負けた時はもう顔を見たくない」と寺尾は初めて思ったという。パッキャオはこの試合の7ヶ月後に6階級制覇の足がかりとなる初の世界王座を取り、寺尾新は、この試合の2試合後にボクサーを引退した。天才ボクサーパッキャオと不運にも拳を交えてしまった寺尾新は、引退後、キックボクサーに転向し、初代UKF東洋フェザー級王座を獲得している。