ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

「僕はMy Wayを歌う人ではない」大歌手ポールアンカがシナトラに捧げた名曲。

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「自分の死が近付く中、自分の人生で起こったすべての苦難に対して行ったことについて、後悔せず自信を持っている」、と自分が歩いてきた「道」を歌ったフランク・シナトラのMy Way。シニア世代のカラオケのスタンダードナンバーだ。この歌を作ったのが大ヒット曲「ダイアナ」や「ロンリーボーイ」「君は我が運命」などで知られる大歌手ポール・アンカ(上の写真左)だ。1969年、ポールがフロリダでシナトラ(上の写真右)と会食した際、仕事上のトラブルから「こんな仕事は辞めてやるよ。もううんざりだ、トットと辞めてやる」と愚痴ったシナトラにポールは、この曲をプレゼントしようとふと思いたった。この時シナトラは54歳、歌手としては晩年を迎えていた頃だ。ポールは「いつかの朝、タイプライターの前に座ったときに『もしフランクにこの書いた詞を渡したら、彼は何て言うだろう?』と思いながら『今終わりが近い・・・』というあの歌詞を書き始めたという。ポール・アンカからフランク・シナトラへのオマージュ(尊敬の念を込めた曲)であったMy Way。「僕のレコード会社は、僕が自分自身のために曲をつくったのでないことを知ると怒った。でも僕は『この曲を書くことはできるけど、この曲を歌う人ではないよ』と言った。この曲を歌うのは他の誰でもなく、フランクこそふさわしい」。こうしてポールが友人であるシナトラへの尊敬の念から誕生したMy Way。ポールは「フランクのことがまさに『俺の世代 (my generation)』だと思った。僕が、彼の話した内容を『食いつくし、吐き出した』作品だ」、と後年語っている。名曲の裏にエピソードあり、My Wayは永遠に残るポール・アンカからフランク・シナトラへのオマージュなのだ。