ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

奇跡を2回起こした聖人マザー・テレサその人生も奇跡だった。

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ノーベル平和賞のマザー・テレサが、昨年、死後わづか19年でカトリックのローマ教皇から聖人に列せられ大きな反響を呼んだのは記憶に新しい。フランスの歴史上のヒロインであるジャンヌダルクでさえ聖人に列せられたのは死後489年も経った1920年だったのに比べ、短期間での聖人認定にカトリック教徒の中で批判の声があがった。また聖人になるには歴史的な殉教者であるか奇跡を2度起こすことが条件になるが、マザー・テレサが認定されたのは、インドの女性とブラジルの男性がマザー・テレサに祈りを捧げてガンが治ったという2度の奇跡が理由とされるが、これについても医学会から疑問の声が出ていたのだ。では、マザー・テレサは「聖人」に値する「奇跡」を起こして居ないのだろうか。その答えは彼女の人生を振り返ってみればすぐに見つかる。ルーマニア人の両親から生まれたテレサはアイルランドに渡り18歳で修道女となり、自ら希望してインドの修道院へ赴き、38歳で修道院を出て貧民街に居を構えて貧しい人々の奉仕活動を始めたのだ。マザー・テレサの起こした本当の「奇跡」は実はここから始まった。貧しい人々に懸命に奉仕を続ける彼女の姿に心打たれて、奉仕活動を手伝う人々、教会や地元の裕福な人々からの寄付など彼女が起こした活動の輪がどんどん広がりを見せ始めたのだ。彼女が設立した「神の愛の宣教者会」は教え子12名と活動を始めたのが、「もっとも貧しい人々のために働くことが使命」というテレサの願いに賛同し、奉仕活動に参加する修道女がやがて世界145の国と地域に広まり4800人の修道女たちがマザー・テレサの「死に行く人々、誰からも見捨てられた人々を助けたい」という想いに共感して活動するまでになったのである。このマザー・テレサのひたむきな足跡と共感する人々の輪こそが聖人に値する「奇跡」そのものなのだ。バチカンはガンが治った怪しげな2度の奇跡の認定では無く、マザー・テレサ自身の歩んだ人生そのものを聖人に値する「奇跡」と認定すべきだったと思われる。