「逃げるは恥だが役に立つ」というドラマの奇妙なタイトルが話題になっている。ネット上でも、これはハンガリーの「恥ずかしい逃げ方をしても生き抜くことの方が大切」という意味の諺から来たものだと沢山の人から紹介されている。この「逃げ恥」で思い出したのは、安倍首相が近々慰霊に訪れる日本が太平洋戦争の口火を切ったハワイの真珠湾攻撃の際に日本人捕虜第1号となった酒巻和男氏のエピソードである。彼は潜水艦から出撃する小型の潜航艇に乗って出陣したが誤って浅瀬に座礁し、アメリカ軍の捕虜となってしまった。日本海軍は終戦まで捕虜となった酒巻氏をひた隠ししていたのだが、彼はハワイやアメリカ本土の捕虜収容所で自決することを思いとどまりながら生き延びたことて終戦を迎えその翌年に日本へと帰還できた。当時日本の兵隊は「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓によって捕虜になれば自決するのが当然とされたが酒巻氏は生き延びることを選択し、戦後日本に帰ってからはトヨタ自動車に入社しトヨタの海外法人トヨタブラジルの社長にまでなった人物である。リタイア後は81歳まで生き、長寿を全うしたまさにハッピーエンドの人生を終えた。酒巻氏が捕虜の身になった際に、戦陣訓に従って自決していたら、その後の人生は無かったことになる。死ぬことの美学を徹底的に吹き込まれたあの時代に、恥を晒してでも生き抜くことを選んだ酒巻氏は、実に人間らしい人間だったと言えるだろう。