ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

日本アニメが、キリスト教の「大本山」をついに征服。

キリスト教の大本山として知られるバチカン市国のローマ教皇庁が、ローマ巡礼者に特別の赦しを与える年である「聖年」の公式マスコット「ルーチェ」を発表した⬆。「ルーチェ」はイタリア語で「光」の意味で、巡礼者の少女がモチーフとなっており、巡礼者の必需品のレインコートや杖を着用している。デザイナーのシモーネ・レニョさんが考案した日本アニメのキャラクターを模したそのデザイン。ローマ教皇庁としてもその点を意識し、バチカンの聖年主任主催者であるリノ・フィジケラ大司教は、アニメ風のデザインを取り入れた事について、「世界中の若者に愛されている日本のポップカルチャーと関わるということは、バチカンの目標の一環である」と述べている。これに対する世界中のキリスト教徒からの反応。「私はアニメファンではないから好きも嫌いもない。若い教徒がアニメが好きなのは理解してるし、デザインでも象徴性に関して細心の注意が払われてる。全体的によく出来てると思う」「私たちは凄い時代を過ごしてるね。ローマ教皇庁が日本アニメの人気に頼るなんて……。信じられないし混乱してる」「ある意味笑っちゃうけど大歓迎。もっとカトリックの考え広めるためにも、日本のポップカルチャーの力を借りるべきだ」「私はすごく可愛らしいと思う!日本のデザインってどんなキャラクターでも、絶対に可愛くできるのが凄い」「バチカンまで日本アニメを認めてくれてるんだ。素晴らしく恵まれた時代じゃないか」。

大谷翔平がWシリーズの視聴者数を2倍に押し上げた「The Athletic」。

アメリカのスポーツ専門誌「The Athletic」は、ドジャース大谷翔平選手がWシリーズに進出したことで、WシリーズのTV視聴率を2倍に押し上げた、と報じている。記事によると、「大谷翔平は本当に何でもできる選手だ。日本でTV視聴率の「新記録」を樹立したのもその一つだ。メジャーリーグベースボールは、ワールドシリーズの開幕2試合が、フジテレビ、NHK BS、Jスポーツで放映され、平均視聴者数が日本で1,515万人に達した。これらの試合は日本では午前中に生中継されたことに留意してほしい。さらに、米国側の状況も、特に最近のワールドシリーズと比べると好調だ。シリーズは最初の2試合でフォックスで平均1,368万人の視聴者を獲得しており、これは2017年にヒューストン・アストロズがドジャースと対戦した時(1,531万人)以来のワールドシリーズ最高のスタートだ。過去4回のワールドシリーズの平均視聴者数はいずれも1200万人を超えておらず、昨年は平均910万人にまで落ち込んだ。それが、大谷翔平選手の登場によって 日米合計のTV視聴者数が2倍に押し上げられたのだ。フォックス・スポーツは、ドジャースの指名打者・大谷翔平(野球界最高給選手)と山本由伸(最高給投手)のおかげで、ワールドシリーズは太平洋の向こう側でも見逃せないテレビシリーズとなった。この2人の日本人スターが、ワールドシリーズのTV視聴率の成功の定義を変えたと言っても過言ではない、と報じている。

 

 

米国で販売禁止のマーガリン、なぜ日本で売り続けられてる。

 

マーガリンが好きで、朝食でパンに塗る習慣がある人も多い日本の昔からの食習慣。しかし、実はマーガリンは現在アメリカでは「販売禁止」になっている食品なのをご存知だろうか。その理由は、マーガリンに含まれる「トランス脂肪酸」が体に悪影響を及ぼしているというエビデンス(根拠)があるためだ。マーガリンは高価なバターの代替品として「人造バター」という名称で販売された。植物油から作られるので、動物性脂肪から作られるバターよりも「健康によさそう」というイメージでどんどん普及してきたが、最新の研究ではまったく逆の結果が出てしまった。1日に摂取するエネルギーのうち2%を「トランス脂肪酸」として摂取すると、心筋梗塞などの心臓病に罹患するリスクが16%も上昇したというデータや、「糖尿病になりやすくなった「認知症になりやすくなったといった研究も存在し、「トランス脂肪酸はさまざまな意味で体に悪い」と結論づけられたのだ。なのに「トランス脂肪酸」が含まれる「マーガリン」が日本では堂々と販売されている不思議、厚生労働省の主張によると 「1日の摂取エネルギーの中で1%以上摂取すると健康上の影響が出現するといわれているトランス脂肪酸に対して、日本人の平均摂取量は0.3%程度。健康上問題はない」となる。「トランス脂肪酸」を含む日本のマーガリンの市場は大きく、明治・雪印など大企業も関係してくる話なので、完全に販売禁止するのは厚生労働省にとっては、ハードルが高い、というのが現実の話のようだ。

 

▢△◯だけの墨絵、200年前に描いた禅僧「仙厓」の無法。

⬆画面一杯に墨一色で描かれた▢△◯。この絵を描いたのは、江戸時代の禅僧「仙厓 義梵」(せんがい ぎぼん)だ。仙厓は  天保8年(1837年)88歳で亡くなるまで 多くの洒脱で飄々とした「禅画」を残している。中でも仙厓が描いた3つの図形だけのこの抽象画については、今日まで様々な解釈がなされてきている。この絵の所有者である日本の石油王出光佐三(出光石油創業者)は、「◯はゼロ無限、△は閉じた形を示して一つ、▢は△が二つ合わさったもので多数、この絵は宇宙そのものを表した図だ」と解釈した。禅の研究者で仏教学者の古田 紹欽は、「この▢△◯の図は、ものの変化、運動をしめしており、時間にも空間にも定着することがない、つまり、この画は停滞のない悟りそのものを現している。ある意味で、仏法の大意とは?如何なるか禅?悟りとは?の問いに答えた全ての悟りを書いているのがこの絵である」と解釈した。伝統的な絵画技法を若い頃に学んだ仙厓は、絵画技法の習熟によって得られる「うまさ」にやがて息苦しさを覚えていく。そして、技巧を極めたら然るのちにそのすべてを捨て去る――それは、たゆまざる修行の果てに悟りを開き自在の境地に達する「禅」の教えにも一致する。こうして生み出した独自の画法を、仙厓は、「厓画無法(がいがむほう)」=仙厓の画に法(ルール)なし、と称した。我々が▢△◯の意味をどう解釈するかについては、仙厓が言ってるように無法(何のルールも無い)と言えるだろう。

 

大谷翔平は「脳けいれん」、ロバーツ監督、大敗に逆ギレ。

大谷翔平選手が、メッツとのリーグ優勝決定シリーズ第5戦に出場し4打数2安打2三振だった。6−12と大敗し4年ぶりのワールドシリーズ進出決定はお預けとなった。大敗の理由として、日本では「捨て試合」がトレンド入り。先発フラーティーの状態が明らかに悪かった中、三回途中8安打8失点でも交代を決断せず、ブルペンも準備していなかったことでロバーツ監督は「明らかに捨て試合にしてるね」とファンから怒りの声が挙がった。ところが、試合後大敗したデーブ・ロバーツ監督が、初回に安打で出塁した大谷がベッツの二塁打で三進したあと、T・ヘルナンデスが遊ゴロを放ったのに大谷は本塁に突入せず、後続が凡退してドジャースは先制のチャンスを逃した場面を振り返って、「ボールはフィールドの中央に落ちた。彼はただ脳がけいれんして、そこに閉じ込められていたんだと思う」と大谷の走塁ミスを批判、この辛辣な発言には米メディアも即座に反応、「クラッチポインツ」は「ロバーツはその発言をしたとき、怒っているようには見えなかったが、自分の選手を批判することはめったにない。大谷の走塁ミスを指摘するのは、ドジャースの監督にとって明らかに珍しいことだ」と報道。「メールオンライン」は「MLBのスーパースター・大谷翔平がドジャースの首脳陣から『脳けいれん』と非難される」と報じた。自分のミスを主力選手への「八つ当たり」で誤魔化したロバーツ監督、ワールドシリーズ制覇への道に暗雲が垂れ込み始めたようだ。

 

なぜ、大哲学者サルトルは、日本で教師になろうとしたか。

今から97年前の1927年、京都にフランス大使が代表を務める「日仏文化協会」を母胎とする「関西日仏学館」が誕生した。教師はフランス政府が派遣する優秀なフランス人教授陣によって講義が行われた。この「関西日仏学館」の教師募集に、二十世紀を代表する実存主義哲学者ジャン=ポール・サルトル(⬆写真左)が若い頃に応募し採用されたのをご存知だろうか。彼が、アグレガシオン( フランスの教授資格試験)に合格した1929年頃、関西日仏学館の教師採用に応募して合格し渡航準備までしていたが、ナチス独裁政権誕生など欧州が不穏な情勢となり、やむなく来日を断念した。サルトルは、なぜフランスで教授にならずに遥か遠い日本で教職に就こうとしたのか。その理由は、日本人の天才哲学者・九鬼 周造(くき しゅうぞう⬆右画像)との出会いがあったからだ。九鬼がフランスへ留学した時にフランス語の家庭教師として採用したのがまだ大学生だったサルトルだった。九鬼はサルトルにフランス語を習う代わりに、西洋哲学のイデア(観念)主義ではなく、論理からはみ出す「偶然性」をテーマに「実存主義」の基になった「現象学」についてレクチャーした。九鬼がサルトルに教えたこうした概念こそが、後のサルトルが提唱した「実存主義」を生み出すアイデアの根幹になったのは疑いない。サルトルが九鬼周造に出会った後に、日本の京都の学校で教師にわざわざなろうとしたのは、当時、京都大学教授だった九鬼周造に再び教えを請い、自分の哲学をさらに深めたいという思いがあったからに相違ない。

三島由紀夫自決事件、作家・松本清張は「心中」と批判。

1960年代を代表する作家といえば松本清張だ。その国民的な人気に嫉妬した同じ作家の三島由紀夫は、当時編纂された「日本文学全集」に、松本清張を入れることに猛反対し「清張の小説には文体がない」と根拠のない批判までしていた。そんな中、1970年、三島由紀夫(45歳)が「楯の会」のメンバー4名と共に市ヶ谷にあった陸上自衛隊総監部で起こした切腹事件。「楯の会」の三島と森田の2名が他のメンバーの介錯によって割腹自殺したこのニュースは当時、大きな衝撃を持って伝えられた。多くの文化人は、三島の侍スタイルの「切腹」による自殺を賛美したが、三島に苔にされていた松本清張は、冷静に三島の死について分析している。三島が自決した翌日(1970.11.26)の『朝日新聞』で、松本清張は「楯の会」が散布した檄文が、二・二六事件のコピーにすぎないと暴露し、「三島の文章もアジテーションとなると通俗的で平凡だ、例の文語体系のものだが、高踏的な調子は落ち、安っぽい語いが目につく」とし、さらに、二・二六事件との「一番大きな違いは、三島の行動が『つくりごと』だったこと」だと厳しく批判した挙句、三島由紀夫の割腹自殺を「楯の会」メンバーを道連れにした「情死」(心中)である、と断じたのだ。「自殺したいなら他人を道連れにした心中ではなく、自分独りで堂々と男らしく死ね」と松本清張は言いたかったのだ。